タイトルや装丁だけ見ると、愛・恋・金・性・結婚と、最初はスケベおやじが書いた自慢本かとも思ったのですが、「自分探し」というタイトルにちょっと興味があって、A8Buzzの企画に参加して、読んでみたところ、とてもわかりやすい哲学入門書でした。著者の方、勘違いして、ごめんなさい・・・
わかりやすく書かれた哲学入門書
で、読んでみると、確かに前半部分は、恋・愛・金・性・結婚というあえて言うなら、世俗的な話題についての考察です。
しかしながら、その世俗的な前半部分は、おそらくは、日頃哲学について興味のない読者に対して書かれた、壮大なる「つかみ」というか前置きだと思いました。
タイトルから考えても、著者が、本当に伝えたいメッセージというのは、後半部分の「自分探し」についての部分ではないでしょうか。
つまりこの本は、哲学と聞くと、小難しくてじんましんが出そうとか、興味ないし、という、普段は哲学書など全く読まない層に向けて、哲学書とは悟らせずに哲学を易しく語ろうとした本であるような気がしました。
男性の愛・恋・性について遺伝子的観点から解説
まず、前半部分は、男性の愛・恋・性について語られています。
考え方にもよるとは思いますが、わたしは女性ですが、読んでも特に不快感はありませんでした。むしろ、男性の行動について、遺伝子を残すための行動として説明されているので、なるほど、と納得出来る部分も結構ありました。
ただし、恋愛真っ只中の若い女性が読むと、こんなのうそよ!って叫びたくなるかも、ですけど。若くても、現実的な男性の本音を見抜きたい女性、もうすぐ結婚するんだけどという女性は読んでおくといいかも。夢は壊れるかもしれません。
おもしろかったのが、普段感じる「幸せ」感が遺伝子を次の世代へ伝えるために、あらかじめインプットされた「幸せ」だと、著者が論じていることです。
遺伝子を次世代へ効率よく伝えるために必要な行動が「快」や「幸せ」として感じられるということです。そのほうが、遺伝子にとって都合がよいから。
では、遺伝子でなく、自分の本当の幸せとはなんなのか、という問題に後半部分で突入します。
生きる意味をつかむために必要な力をつける本
この本の後半は、人類が何百年もかけて考察してきた人生についての哲学者達の考えを、ソクラテスの昔から、ウィトゲンシュタインにいたるまで、分かり易く駆け足で一通り解説しています。
しかし、「人は何のために生きるのか」という「自分探し」の問いに対する答はこの本には書かれていません。
この本は、まず「自分の幸せとはなんなのか」と、問うことのできる力をつけるための道筋を示している本です。
なぜなら、自分は何のために生きるのかという問いへの答は、自分自身で見つける答であり、自分自身で見つけなければ意味がないからです。
著者があえて、その答を書かなかったのは、そのことを重々承知しているからです。
本文最後の、
駆け足でしたが、哲学の限界まで、たどり着きました。 「自分探し」の哲学は、これで終わりです。 また、終わらねばなりません。
という著者の言葉がそのことをよく示しているように思います。
なぜ自分で見つけなければならないのか
本当に生きる意味を、なぜ自分で見つけなくてはならないのか?
少し、わたしの昔話につきあってやってください。
わたしは、中学生だったか高校生だったかの頃、自分の生きる意味について、とても悩みました。また思春期というのは、そういうことについて、特に考えたりする時期でもあります。
自分は何者なのか、自分は何のために生を受けたのか、悩みに悩み抜きました。哲学書なども少しかじったような覚えがあります。
とても苦しかったので、あまりあの頃には戻りたくありませんが、それでも、そうして悩み苦しんだ末に、わたしはわたしなりに一つの答を出しました。
答を出したからと言って、すぐにそのとおりに出来るわけではありません。
若いわたしは、自信もなく、大学、就職、子育てを通じて、自分の出した答とは違う人生を歩んでいる自分に無性に焦りを感じました。
そして、限界が来て仕事をやめ、不惑を超えた今、人生で初めて自分は自分が望んだスタートラインに立っているのだと感じています。
しかし、現在のわたしの状況は、元の職場の方達には、キャリアを中断してドロップアウトしたとネガティブに捉えられているようなのです。
わたし自身は、人生のいろいろなしがらみから、やっと抜けだし、自分を取り戻したという前途洋々たる気持ちでいたので、そのように、思っている人がいたということは、正直驚きでした。
人それぞれの価値観というのは、正反対に違うこともある、というのを、その時痛感しました。おそらく、わたしがその時自分がどんなに幸せを感じていたかということを語っても、彼らには負け犬の遠吠えくらいにしか、思ってもらえなかったと思います。
このように、人生に対する価値観は多様です。なんのために生きるのかという問いへの答えもまた一人一人違うものになるはずです。
自分で出した答でなければ、自信がなく、人生の荒波に押し流されてしまうのではないでしょうか。
そうして、苦しんで出した答は、おそらく言葉にしてしまえば、何も特別なことのない平凡なものかもしれません。人に告げても、それがどうした、と言われるほどに当たり前のものであることでしょう。
しかし、人にこうだよと教えてもらった人生の答えと、自らが考え抜いて出した答とでは天と地ほどもその重みに差があるのではないか、とわたしは思います。
毎日にそこはかとない焦りを感じている人に
本当に自分はこのまま毎日こんなのでいいのだろうか?
なんだか違う気がして焦りを感じる
そんなそこはかとない焦りを感じながら、でも、毎日の生活に流されて、どうにもならない、なぜそんな焦りを感じるのかもわからない、という方も多いと思います。
もし、そんな方がおられたら、この本を読んでみるとよいかもしれません。
その焦りに対する答はのっていませんが、その焦りを解消するための答を見つけるための糸口はつかめるはずです。
答は自分で見つけなくてはなりません。
自分が何を知りたいのか、本書がきっとあなたの助けになるはずです。

